「あの日のこと」

「あの日のこと」

 

「どこ行く?」

私は眉を寄せて尋ねる。

外は初夏の太陽がまぶしい。

「帽子忘れそうだから先にかぶせとくよ。」

パートナーのYがスマホをテーブルに置き、キャップを私に雑にかぶせる。

 

どこへ出かけよう?

太陽はもうじき真上だ。何の予定もないのに、何かに遅刻しているような気持ち。

そわそわ腰が落ち着かない。

迷惑をかけずにすむ場所。

密ではなく、飲食せず、大声をあげずにすむところ。

外出自粛でどこへも行けなくなった私たちは、なんとかこれから行ける場所に頭を悩ませていた。

 

新型コロナウィルスの感染拡大を予防するために、Yは通勤がなくなり、在宅ワーク4日が経過。私はこれから7日間続く営業自粛期間の初日を迎えていた。

GWがスタートしたばかりの4月末の、ある日のことである。

 

自治体の同性パートナーシップ宣誓の手続きをして4年。

何度か大きな波をくらったものの、その波に呑まれることもなく、今日まで穏やかに暮らしている。

比較的歳が離れている私たちである。

共通の話題をあれこれ探すより、一緒に新しい思い出を作る方が早い。

コロナ騒ぎが始まった頃、どうやら臨時に在宅する時間が増えそうだと知った。

そしてこの新型コロナ予防休みを、どうせなら春休みと割り切ることにした。

この時期てんてこ舞いの医療従事者の方々を思うと、そのようなことを考える無力な私たちがひたすら恥ずかしく思えたが。

 

せめてもの罪ほろぼしとして、

二人で手の込んだ料理を作り、お酒は控え目にゆっくりと食べる。

ジムに行けない替わりに、毎日二人でヨガのDVDを真似る。

PS4のお気に入りゲームを明け方近くまで交替でやり続ける。

食卓に好きな花を飾る。

夕食後、並んで長めの散歩に出かける。

互いの髪の毛をカットし合う。

着ない服や読まない本を容赦なく捨て合う。

部屋の大がかりな模様替えをする。

ゴロゴロしながら、好きな音楽を交替でかけ、曲や詞の説明をし合う。

次回の旅行の行き先を時間をかけて話し合う。

 

普段の仕事を忘れ、思いつきのアイディア任せ。その日暮らし。

たぶん、あの数日二人の背中には小さな羽根が生えていたと思う。

ずっと笑っていた。

息をひそめて暗い顔で過ごすより、予防に注意を払いつつ私たちらしくしている方が失礼にあたらないのではないか?

医療従事者の方々に手を合わせるような気持ちで、空を見上げることもあった。

 

気づくと緊急事態宣言が終了していた。

Yは私の料理のおかげで数kg太った。

 

濃厚接触者としての責任をお互いに負いつつ、守り合う暮らし。

私たちが感染すること。そしてさらに他者に拡げるようなことは、医療従事者の方々をさらに苦しめることになる。医療崩壊は避けなければならない。私にとってのYのような、誰かにとっての最愛の人の命を奪うことになりかねない。未知の不幸が私発(わたくしはつ)であってはならない。

手指を小まめに洗う。マスクをかけて出かける。人と距離をとる。

そんなわずらわしかった習慣が、やがて新しい常識になる。

大事な人を守るためのささやかなひと手間。

この新しい波は楽にやり過ごせる。小さくて、波とも呼べないかもしれない。

 

「あ、あそこ行こう!」

パッと明るい表情で、Yが顔を上げた。

「羽田ー!」

去年の冬、自転車二台で多摩川沿いを下り、海まで探検に行く計画を立てたことがあった。多摩川の終点、東京湾。往復約40km。もちろん空港には立ち入らない。海で飛び立つ飛行機を、海ギリギリの岸から見上げるのだ。

 

はたから見たら、平凡なおじさんが二人。

でも、Yが慣れてきた仕草でマスクを着けると、まるで子供のような勢いで自転車をこぎ始める。

それを見た私も全力で飛ばす。

他人の目なんて余計なことを考えるヒマなんてない。

日差しも若く。私たちも若い。

あくまで春休みの子供のように二人で海を目指した。そんなあの日のこと。

(都市在住 パートナーと同居50代のゲイ)